2010年代

2010年代の映画界は、ハリウッドの大型商業映画が市場を席巻する一方で、世界各地でユニークで革新的なアート系映画も花開いた時代だった。この10年間で、映画産業は技術革新、ストーリーテリングの進化、そして観客の嗜好の変化に適応しながら、大きな転換期を迎えることとなる。

ハリウッドの動向:ディズニーの支配と共有ユニバース

2010年代のハリウッド映画界で最も顕著だったのは、ウォルト・ディズニー・カンパニーの圧倒的な存在感だ。世界の興行収入ランキングトップ50の半数をディズニー作品が占め、その多くが10億ドルを超える大ヒットとなった。この驚異的な成功は、業界に大きな影響を与えることになる。

ディズニー傘下のマーベル・スタジオが展開した「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」は、複数の作品を横断して展開される壮大な物語世界で観客を魅了し、他のスタジオもこの戦略を模倣しようと試みた。ワーナー・ブラザースの「DCエクステンデッド・ユニバース」や「モンスター・ヴァース」なども、一定の成功を収めている。この共有ユニバース戦略は、2010年代の映画界を特徴づける重要な要素となった。

ノスタルジアの活用とフランチャイズの継続

ディズニーは自社の名作アニメーションの実写リメイクを次々と製作し、「美女と野獣」や「アラジン」などが大ヒットを記録した。これらの作品は、懐かしさを感じる大人たちと、新鮮な驚きを体験する子供たちの両方に訴求し、世代を超えた人気を獲得することに成功している。

また、「スター・ウォーズ」や「ジュラシック・パーク」といった人気フランチャイズも新たな展開を見せ、懐かしさと新しさのバランスを取りながら観客を魅了し続けた。これらのフランチャイズは、既存のファンを満足させつつ、新たな世代のファンを獲得することで、長期的な成功を収めることができた。

テクノロジーの進化

2010年代は、映画製作技術が飛躍的に進歩した時期でもある。特に、モーションキャプチャー技術の発展は目覚ましく、「アバター」(2009年末公開)の成功を皮切りに、より自然で説得力のあるCGキャラクターの創造が可能になった。

「猿の惑星」シリーズや「レディ・プレイヤー1」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなど、多くの作品でこの技術が活用され、観客を魅了した。また、VFXの進化により、より壮大でリアルな世界観の創造が可能になり、SF映画やファンタジー映画の表現の幅が大きく広がることとなった。

アート系映画の世界的潮流

商業映画の隆盛と並行して、世界各地でアート系映画も独自の発展を遂げた。以下、地域ごとの特徴的な傾向を見ていこう。

ヨーロッパ:ヨーロッパでは、社会問題や人間の内面に深く切り込む作品が多く生まれた。

  • フランス:社会の分断や移民問題を扱った作品が増加。ロバン・カンピーヨの「120 BPM」やラジ・リの「レディファイト」などが国際的に評価された。これらの作品は、現代フランス社会が抱える問題を鋭く描き出し、観客に深い思索を促している。
  • イギリス:ケン・ローチやマイク・リーなどのベテラン監督が、ブレグジット後の社会不安を反映した作品を発表。彼らの作品は、イギリス社会の分断や格差問題を赤裸々に描き出し、国内外で大きな反響を呼んだ。
  • イタリア:パオロ・ソレンティーノ監督の「グレート・ビューティー」(2013年)や「若き教皇」(2016年)が国際的に高い評価を得た。これらの作品は、イタリアの伝統的な映画美学を現代的に解釈し、社会批評と視覚的な美しさを融合させている。
  • ドイツ:ファティ・アキン監督の「女は二度決断する」(2017年)やマレーン・クレーヤー監督の「トーニー・エアドマン」(2016年)など、社会問題や家族関係を深く掘り下げる作品が注目を集めた。ドイツ映画は、歴史の重みと現代社会の課題を巧みに織り交ぜている。
  • ポルトガル:ミゲル・ゴメス監督の「アラビアン・ナイト」三部作(2015年)が、実験的な物語構造 と社会批評で注目を集めた。ポルトガル映画は、国の歴史や社会問題を独自の視点で描き出している。
  • スペイン:ペドロ・アルモドバル監督の「痛み」(2019年)や「ジュリエッタ」(2016年)が、彼の独特のスタイルと深い人間描写で評価された。スペイン映画は、情熱的な表現と社会批評を融合させた作品が特徴的だ。
  • 北欧:ヨアキム・トリアーやルーベン・オストルンドなど、人間の本質や現代社会の矛盾を鋭く描く監督が台頭。彼らの作品は、北欧特有の静謐な雰囲気の中に、現代社会への痛烈な批判を込めており、国際映画祭でも高い評価を得ている。

アジア:アジア映画は、伝統と革新のバランスを取りながら、世界的な注目を集めた

  • 韓国:ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」がアカデミー賞作品賞を受賞し、韓国映画の質の高さを世界に示した。この快挙は、長年にわたる韓国映画界の努力が実を結んだ結果であり、アジア映画全体の地位向上にも大きく貢献している。
  • 日本:是枝裕和監督の「万引き家族」がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。日本社会の裏側を繊細に描き出したこの作品は、国内外で高い評価を得た。アニメーション分野では新海誠監督の「君の名は。」が世界的ヒットを記録し、日本のアニメーション文化の魅力を改めて世界に示すこととなった。
  • 中国:賈樟柯や婁燁など、社会の急激な変化を鋭く描く監督たちの作品が国際的に評価された。彼らの作品は、急速な経済発展の陰で取り残された人々の姿を描き出し、現代中国社会の矛盾を浮き彫りにしている。
  • タイ:アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の「光」(2018年)が、彼独特の詩的な映像表現と社会批評で注目を集めた。タイ映画は、伝統と現代性の融合、そして政治的な緊張関係を独自の美学で表現している。
  • ベトナム:トラン・アン・ユン監督の「夢見る魚」(2018年)が、ベトネムの若者の生活と夢を繊細に描き出し、国際的な評価を得た。ベトナム映画は、急速な経済発展と伝統的な価値観の衝突を題材にした作品が多い。

ロシア

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「リヴァイアサン」(2014年)や「ラブレス」(2017年)が、現代ロシア社会の問題を鋭く描き出し、国際的に高い評価を得た。これらの作品は、政治的腐敗や家族の崩壊といったテーマを通じて、ポスト・ソビエト時代のロシアの現実を赤裸々に描いている。

中東・アフリカ:政治的・社会的な問題を背景に、力強い作品が生まれた

  • イラン:アスガー・ファルハディ監督の「別離」や「セールスマン」が国際的に高い評価を得た。これらの作品は、イラン社会の複雑な現実を巧みに描き出し、普遍的な人間ドラマとして世界中の観客の心を捉えた。
  • レバノン:ナディーン・ラバキー監督の「カペナウム 慈悲なき街」が、難民問題を鮮烈に描き出した。この作品は、中東地域の社会問題を世界に知らしめる重要な役割を果たしている。
  • アフリカ:「ツァオツィ」(南アフリカ)や「アトランティック」(セネガル)など、アフリカ発の作品が国際映画祭で注目を集めた。これらの作品は、アフリカの豊かな文化と厳しい現実を描き出し、世界の観客に新たな視点を提供している。

中南米:社会の不平等や政治的混乱を背景に、独自の映画文化を育んでいる

  • メキシコ:アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」が、Netflixで配信されながらもアカデミー賞を受賞。この作品は、ストリーミング配信作品の芸術的価値を認めさせた画期的な事例となった。
  • チリ:セバスティアン・レリオ監督の「グロリアの青春」や『ナチュラルウーマン』(2017)が、LGBTQテーマで国際的に評価された。これらの作品は、中南米社会におけるジェンダーや性的マイノリティの問題に光を当て、社会的な議論を喚起している。
  • ブラジル:クレベル・メンドンサ・フィリョ監督の「バクラウ」(2019年)が、政治的な寓話と風刺をミックスした独特の作品として注目を集めた。ブラジル映画は、社会の不平等や政治的腐敗を大胆に描き出す作品が特徴的だ。

多様性と代表性の向上

2010年代後半になると、映画業界における多様性と代表性の問題が大きく取り上げられるようになった。「ブラックパンサー」や「クレイジー・リッチ!」などのブロックバスターが、多様なキャストと文化的背景を持つ物語で成功を収め、業界に変化をもたらした。これらの作品の成功は、マイノリティの物語にも大きな商業的潜在力があることを示し、ハリウッドの意思決定に影響を与えている。

また、#MeToo運動の影響もあり、女性監督や女性主導の物語にも注目が集まった。グレタ・ガーウィグ監督の「レディ・バード」やオリヴィア・ワイルド監督の「ブックスマート」など、女性の視点から描かれた作品が高い評価を得ている。これらの作品は、従来の男性中心の映画産業に新しい風を吹き込み、多様な視点の重要性を示している。

配信プラットフォームの台頭

Netflixを筆頭とする動画配信サービスの台頭は、映画の製作・配給・視聴の形態を大きく変えた。マーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」やノア・バームバック監督の「マリッジ・ストーリー」など、著名監督の大作がNetflix独占で公開されるなど、従来の映画館中心の興行形態に変化が生じている。

この変化は、映画の製作資金調達や配給方法に大きな影響を与え、中規模予算の作品や実験的な作品にとっては新たな可能性を開くこととなった。一方で、伝統的な映画館での上映を重視する声も根強く、映画の本質的な価値をめぐる議論を喚起している。

実験的・革新的な作品

商業映画とアート系映画の境界を超えた、実験的で革新的な作品も生まれた。クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」や「ダンケルク」、デニス・ヴィルヌーヴ監督の「メッセージ」など、高度な技術と深遠なテーマを融合させた作品が、批評家と観客の双方から高い評価を得た。

これらの作品は、商業的な成功と芸術的な評価の両立が可能であることを示し、映画産業全体に大きな影響を与えている。また、新しい映画体験の可能性を追求する試みとして、観客の期待を超える作品づくりにつながっている。

ホラー映画の復権

2010年代は、ホラー映画が新たな黄金期を迎えた時期でもある。スティーヴン・キングの「IT」の実写化は、ホラー映画史上最高の興行収入を記録。また、「ハロウィン」(2018年)のような古典的ホラーのリブートも成功を収めた。

特筆すべきは、A24などの新興配給会社が、「へレディタリー/継承」や「ミッドサマー」といった芸術性の高いホラー作品を世に送り出し、ジャンルに新たな息吹をもたらしたことだ。これらの作品は、単なる恐怖だけでなく、社会問題や心理的テーマを扱うことで、批評家からも高い評価を受けている。

ホラー映画は、低予算で高い収益を上げられる可能性があるため、新人監督やインディペンデント映画人にとって重要な表現の場となっている。また、観客の恐怖心を刺激しながら社会批評を行うという、ホラー映画ならではの手法が再評価されている。

まとめ

2010年代の映画界は、ハリウッドの大型商業映画が市場を席巻する一方で、世界各地で多様で革新的なアート系映画が花開いた時代だった。テクノロジーの進化、社会の変化、そして新しい配信プラットフォームの台頭により、映画の製作・配給・視聴の形態が大きく変化している。

多様性と代表性の向上、社会問題への取り組み、そして新しい表現方法の模索など、この時代に確立されたトレンドは、2020年代の映画界にも大きな影響を与え続けている。世界各地の映画文化が互いに影響を与え合いながら、グローバルな映画文化がさらに豊かになっていくことが期待される。