【映画評】『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(2024)(監督:アレックス・ガーランド) (ネタバレあり感想・あらすじ)

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(2024)(監督:アレックス・ガーランド)の概要

概要

上映時間109分(1時間49分)
制作年2024年
製作国アメリカ合衆国、イギリス

メインスタッフ・キャスト

担当名前
監督・脚本アレックス・ガーランド (『MEN 同じ顔の男たち』『エクス・マキナ』他)
制作アンドリュー・マクドナルド (『28日後…』)他
撮影監督ロブ・ハーディ (『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』他)
編集ジェイク・ロバーツ (『最後の追跡』)
音楽ベン・ソールズベリー (『エクス・マキナ』)、ジェフ・バロウ(『MEN 同じ顔の男たち』)
出演キルスティン・ダンスト(リー・スミス役) (『エターナル・サンシャイン』『メランコリア』他)
ヴァグネル・モウラ(ジョエル役) (『エリジウム』他)
スティーヴン・ヘンダーソン(サミー役) (『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』『DUNE/デューン 砂の惑星』他)
ケイリー・スピーニー(ジェシー・カレン役) (『プリシラ』他)

予告編

音楽

あらすじ

近未来のアメリカ。内戦が国を引き裂き、独裁的な連邦政府と分離独立を求める「西部軍」が対立している。この混沌とした状況下、ベテラン戦争写真家のリー・スミスと同僚のジャーナリスト、ジョエルは、孤立する大統領へのインタビューを目指してワシントンD.C.への危険な旅に出る。

彼らの旅には、リーのメンターであるサミーと、野心的な若手フォトジャーナリストのジェシーも加わる。彼らは戦場を横断しながら、内戦の残酷な現実と直面していく。

旅の途中、彼らは様々な危険な状況に遭遇し、戦争の無意味さと人間性の喪失を目の当たりにする。リーはジェシーを指導しながら、自身も戦争報道の倫理と現実の狭間で葛藤する。

彼らの旅は、アメリカの民主主義の行く末と、戦時下におけるジャーナリズムの役割について深い問いを投げかける。果たして彼らは大統領にたどり着き、その真意を明らかにすることができるのか。

この物語は、戦争の残酷さ、メディアの役割、そして極限状況下での人間性を鋭く描き出し、現代社会に警鐘を鳴らす作品となっている。

以下ネタバレ


感想・考察

設定とプレミス

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は近未来のアメリカを舞台に、内戦による国家の分断を描く。過激化した大統領と「西部軍」(カリフォルニアとテキサス)の対立が中心となり、戦争の原因や進展が不明瞭なまま、イデオロギー論争が意味を失った状況が展開されていく。

映画ではこれらのイデオロギー対立が明確に定義されていないという点が重要であり。代わりに、対立そのものが極端化し、本来の理念や主張が意味を失った状況が描かれている。これにより、イデオロギーの内容よりも、分断そのものの危険性や、極端な対立がもたらす社会の崩壊に焦点が当てられていると考えられる。

主要キャラクターとプロット

物語は、ニューヨークからワシントンD.C.へ向かうジャーナリスト集団に焦点を当てられる。ベテラン報道写真家のリー(キルステン・ダンスト)を中心に、ジョエル(ワグナー・モウラ)、ジェシー(ケイリー・スパニー)、サミー(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)らが、ホワイトハウスに籠城している大統領へのインタビューを目指していく。

撮影技法と視覚的スタイル

ガーランド監督は戦場の臨場感と本物らしさを追求し、複数のカメラ技法を駆使して戦闘シーンの演技を捉えている。研磨的なルックスと表現される映像スタイルは即時性を生み出し、夏の中のクリスマス装飾などシュールレアリスティックな映像も特徴的である。

撮影監督・カメラマンによるインタビューを見ると、このような技法を目的としたのは戦争の混沌と緊迫感を生々しく伝えるためだ。事前に詳細なストーリーボードやプリビズ(Pre-Visualization)を用意せず、現場の状況に応じて柔軟に撮影を行う即興的なスタイルを取り入れ、予測不可能な戦場の雰囲気を誠実に捉えることに成功している。

複数のカメラを同時に使用し、様々な角度から場面を捉える多角的な撮影を行うことで、戦闘シーンの混沌とした状況や、登場人物たちの微妙な表情の変化を逃さず記録している。手持ちカメラによる不安定な映像と、スタビライザー(安定機)を使用した滑らかな動きを使い分け、観客に戦場にいるような臨場感を与えている。

特に車での移動シーンでは、360度の環境を捉える撮影を行い、キャラクターたちの周囲の状況を常に観客に伝え、緊張感を維持している。ニュース映像や戦争ドキュメンタリーを彷彿とさせる撮影スタイルを採用し、フィクションでありながらリアリティを追求している。また、編集のカットを最小限に抑え、長回しの撮影を多用することで、出来事の連続性と緊迫感を強調している。

これらの技法を組み合わせることで、ガーランド監督は観客を物語の中に引き込み、戦争の残酷さと、それを報道するジャーナリストたちの視点を、生々しく、かつ臨場感溢れる形で表現することに成功している。「研磨的な」と表現される映像スタイルは、これらの撮影アプローチによって実現され、従来の戦争映画とは一線を画す視覚体験を生み出しているようだ。

テーマと象徴性

本作は戦争写真の倫理と紛争におけるジャーナリストの役割を探求し、同時に観客の暴力的映像への魅了を問いかけている。また、極限状況が争いを生存の問題に還元する過程を考察しながら、現在の政治的分断とその潜在的結果を反映させた。

このような問いかけを行う理由は複数あると考えられる。

現代社会におけるメディアの役割と責任を再考させるためだ。デジタル時代の情報伝達と消費の変化を踏まえ、戦争写真の倫理とジャーナリストの役割を探ることで、情報の真実性や報道の影響力について考えさせる。

暴力的映像への観客の魅了を問うことで、私たちの消費文化や娯楽の本質を批判的に見つめ直させる。同時に、極限状況下での人間の行動を描き、現代社会の脆弱性や民主主義の危うさを浮き彫りにする。政治的分断が極端化した場合の結果を示すことで、現状に警鐘を鳴らしているのもあるだろう。

そこで生存の問題に還元される争いを描くことで、イデオロギーが失われた後の人間の本質を探り、現代の政治的対立の根底にある人間性を考察する機会を提供したのだと考えられる。

これらの問いかけを通じて、観客に自身の価値観や社会の在り方を再評価させることが目的だ。単なるエンターテインメントを超え、社会や個人の責任について深く考えさせる作品であると推測をする。

結果として、この作品は現代社会の諸問題を映画を通して問いかけ、観客に能動的な思考と自己反省を促す作品となっている。

歴史的・文化的文脈

また、本作は1月6日の米国議事堂襲撃事件など最近の出来事を想起させ、非常にトレンド的であるといえる。また、過去の南北戦争をテーマにした映画とその文化的影響との関連性も示唆しているだろう。このことから現在進行形のアメリカの政治的議論と分断を探求する作品として位置づけられると考えられる。

監督のアプローチ

アレックス・ガーランドの今までの作風であるダークファンタジーと「もしも」(what if)のシナリオの探求が本作でも顕著である。大きな紛争の中での人物描写に重点を置き、戦争の原因に関する明確なイデオロギー的説明を避けているのが特徴的だ。

なぜ「シビル・ウォー アメリカ最後の日」が今のアメリカで注目されているのか

最後に、再度言及する部分もあるが、「シビル・ウォー アメリカ最後の日」が現在のアメリカで大きな注目を集めている理由は、複数の要因が絡み合っていると考えられる。まず、本作は現代アメリカ社会に存在する深刻な政治的分断を鮮明に描き出しており、多くのアメリカ人が日々感じている緊張感や不安を極端な形で映像化することで、観客の共感を呼んでいる。また、パンデミック、経済的不平等、人種問題など、様々な社会問題に直面するアメリカ社会の不安が、この映画のディストピア的な未来像に投影されていることが挙げられる。

さらに、フェイクニュースや偏向報道が問題視される現代において、本作はジャーナリズムの役割と倫理を鋭く問いかけており、情報の真偽や媒体の信頼性に疑問を持つ多くのアメリカ人の関心を引きつけています。アメリカの民主主義が崩壊したら何が起こるのか、という極端な「もしも」のシナリオは、多くの人々の想像力を掻き立てる要素となっている。

視覚的な面では、リアルで生々しい映像表現が、普段はニュースやSNSで断片的にしか見ることのない暴力や混乱を、身近で起こりうる現実として感じさせ、観客に深い印象を与えています。また、南北戦争以来の内戦という設定は、アメリカの歴史的トラウマを想起させると同時に、現代の分断がいかに深刻であるかを示唆しており、多くのアメリカ人の関心を引いているだろう。

社会派の要素だけでなく、サスペンスやアクションとしての娯楽性も高く、幅広い層の観客を惹きつけている。これにより、単なる政治的メッセージ映画以上の影響力を持っていると言えるため、アメリカだけでなく、日本でも久々の洋画としてのヒットを記録していると考えられる。

このように、「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は現代アメリカの社会的、政治的、文化的な文脈に深く根ざした作品であり、それゆえに多くのアメリカ人の心に強く訴えかける力を持っているだろう。同時に、この映画が投げかける問いかけは、アメリカだけでなく、民主主義や社会の分断に悩む世界中の国々にとっても重要な示唆を含んでいる。

SNS(X(旧Twitter))での反応

藤井太洋さん(SF作家、日本SF作家クラブ会員・第18代会長)

竹内幹さん(一橋大学大学院経済学研究科准教授)

橘玲さん(作家)