【映画評】『ソウX』(2023)(ネタバレあり感想・考察)

『ソウX』(2023)(監督:ケヴィン・グルタート)の概要

作品概要

原題・英題Saw X
上映時間118分(1時間58分)
制作年2023年
製作国アメリカ合衆国

メインスタッフ・キャスト

担当名前
監督・編集ケヴィン・グルタート (『ソウ6』(2009)、『ソウ ザ・ファイナル 3D』(2010)他)
脚本ジョシュ・ストルバーグ
ピーター・ゴールドフィンガー
制作総指揮ダニエル・ジェイソン・ヘフナー
ケトゥラ・ケスティン
ジェームズ・ワン
リー・ワネル
ステイシー・テストロ
ジェイソン・コンスタンティン
グレッグ・ホフマン
撮影ニック・マシューズ
音楽チャーリー・クロウザー
出演トビン・ベル(ジグソウ/ジョン・クレイマー役) (『ソウ』(2004)シリーズ)

予告編

音楽

あらすじ

末期がんと診断されたジョン・クレイマーは、希望を求めてメキシコの実験的な治療施設を訪れる。しかし、その治療が詐欺であることが判明し、ジョンは復讐を誓う。ジョンは、詐欺に関与した人々を次々と拉致し、彼らを自作の「ゲーム」に参加させる。これらのゲームは、参加者の道徳観や生存本能を試すような、残酷で危険なものだ。物語が進むにつれ、詐欺グループの内部の裏切りや隠された動機が明らかになっていく。ジョンの計画は複雑で、予想外の展開を見せる。最終的に、ジョンは自身の正義を貫き通そうとするが、その過程で彼自身の道徳観も問われることになる。

以下ネタバレ


感想・考察

シリーズにおける位置づけ

『ソウX』は、シリーズの時系列において第1作と第2作の間に位置する物語だ。この巧妙な設定により、シリーズの象徴的キャラクターであるジョン・クレイマー(通称ジグソウ)の過去に焦点を当て、彼の動機をより深く掘り下げることに成功している。

従来のシリーズでは、ジグソウの過去は断片的にしか描かれてこなかった。しかし本作では、彼が「ゲーム」を始める直前の時期に焦点を当てることで、その心理的変遷をより詳細に描き出すことに成功しているのだ。この時間軸の選択は、単なる懐古主義ではなく、キャラクターの深みを増す戦略的な決断だったと言えるだろう。

さらに、この設定は新規の観客にとっても理想的だ。シリーズを初めて見る人でも、ジグソウの原点を知ることができるため、物語に入り込みやすい。一方、長年のファンにとっては、よく知るキャラクターの新たな一面を発見する喜びがある。このバランスの取れた構成が、幅広い層からの支持を集める要因の一つとなっているのだ。

ジョン・クレイマー/ジグソウの新たな一面

本作では、末期がんに苦しむジョン・クレイマーがメキシコで実験的な治療を受けようとする姿が描かれる。しかし、その治療が詐欺であることが判明し、この経験が彼の新たな「ゲーム」の動機となるのだ。トビン・ベル演じるジグソウの姿は、これまで以上に人間的な側面を見せつつ、同時に恐ろしさも増している。

ジグソウの人間性の描写は、本作の最大の強みの一つだ。彼の苦しみ、希望、そして絶望が克明に描かれることで、観客は彼の行動の背景にある複雑な感情を理解することができる。これは単純な「悪役」の域を超え、より深みのあるアンチヒーローとしての側面を浮き彫りにしているのだ。

また、メキシコでの経験は、ジグソウの「正義」の概念がどのように形成されていったかを示している。彼の復讐心と道徳観が交錯する様子は、観客に不快感と共感を同時に与える。この複雑な感情の描写こそが、本作を単なるホラー映画以上の深みを持つ作品に昇華させているのである。

トビン・ベルの演技も特筆に値する。彼は、ジグソウの苦痛と怒り、そして皮肉な喜びを繊細に表現し、キャラクターに新たな奥行きを与えている。この演技力こそが、ジグソウを恐るべき存在でありながら、同時に人間的な魅力を持つキャラクターとして成立させている重要な要素なのだ。

視覚的な特徴と演出

『ソウX』は、シリーズ初期の作品の美学を踏襲しつつ、新たな要素も取り入れている。撮影監督のニック・マシューズのインタビューなどによると、「汚れた」「ざらついた」「陰鬱な」雰囲気を再現しながら、ジャッロ(イタリアのホラー・サスペンス映画)の影響を受けた色彩豊かな映像を作り上げた。原色、第二色、第三色を効果的に使用することで、視覚的な魅力と恐怖を両立させることに成功しているのだ。

マシューズは、本作の視覚的スタイルについて「『Saw』は『SE7EN』をヌーメタル風のミュージックビデオで表現したようなものだ」と述べている。この斬新な解釈は、本作の独特の雰囲気を生み出す原動力となっている。暗く湿った空間に鮮やかな色彩が差し込む様は、まさに地獄絵図を思わせる。

特筆すべきは、色彩の使い方だ。マシューズは、各シーンで使用する色彩を慎重に選択し、物語の展開に合わせて変化させている。例えば、メキシコでの詐欺治療のシーンでは、希望を象徴する明るい色調が使われているが、ジグソウの「ゲーム」が始まると、それらの色は歪められ、より不安を煽る色調へと変化していく。この色彩の変遷は、主人公の心理状態の変化を巧みに表現しているのだ。

また、カメラワークにも工夫が凝らされている。狭い空間での撮影が多いにも関わらず、マシューズは巧みなアングルと動きのあるカメラワークを用いて、観客に臨場感を与えることに成功している。特に、拷問シーンでのクローズアップと広角の使い分けは、被害者の苦痛と恐怖を効果的に伝えている。

こうした視覚的な工夫は、単に見た目の美しさを追求しているわけではない。それぞれの演出が物語やキャラクターの心理を反映し、観客の感情を揺さぶる仕掛けとなっているのだ。この緻密な視覚設計こそが、「Saw X」を単なるゴア映画以上の芸術性を持つ作品に押し上げているのである。

残虐性と「拷問ポルノ」的要素

シリーズの特徴である残酷な罠や拷問装置は本作でも健在だ。切断装置、眼球吸引装置、自動開頭術など、様々な拷問方法が新たに考案され、グロテスクで不快な描写が多く含まれている。これらの要素は、シリーズファンの期待に応えつつ、新しい観客にも強烈な印象を与えているのだ。

『ソウ』シリーズは、その過激な描写から「拷問ポルノ」と呼ばれることもあるが、本作はそのレッテルを超える深みを持っている。確かに、グロテスクな描写は健在だが、それらは単なるショック要素ではなく、物語やキャラクターの心理を反映する重要な要素として機能しているのだ。

例えば、本作に登場する「眼球吸引装置」は、単に残虐というだけでなく、「真実を見ようとしない」詐欺師たちへの皮肉として機能している。また、「開頭術」の装置は、ジグソウの脳腫瘍という設定と巧みにリンクしており、彼の個人的な苦痛が拷問装置というフォームで具現化されているのだ。

さらに、これらの拷問シーンは、被害者の選択と道徳的ジレンマを浮き彫りにする。観客は、極限状況下での人間の選択を目の当たりにすることで、自身の倫理観を問い直すことを余儀なくされる。この点で、『ソウX』の残虐描写は単なる視覚的刺激を超え、哲学的な問いかけを含んでいると言えるだろう。

また、本作では拷問シーンの描写方法にも変化が見られる。以前の作品では、グロテスクな描写に重点が置かれていたが、本作では被害者の心理的苦痛により焦点が当てられている。これにより、物理的な苦痛だけでなく、精神的な苦悩も深く掘り下げられ、より複層的な恐怖を生み出すことに成功しているのだ。

このように、『ソウX』は従来の「拷問ポルノ」的要素を保持しつつも、それを超越する深みと意味を持たせることに成功している。これこそが、本作が批評家からも高い評価を得ている理由の一つなのである。

音楽・音響効果

物語の雰囲気を強調する効果的な音楽も本作の特徴の一つだ。「ナイフをバイオリンで研ぐような音」と表現されるスコアは、視覚的な恐怖と相まって、観客を不安と緊張の渦に巻き込む。

音楽監督のチャーリー・クラウザーは、本作のために独特のサウンドスケープを創り上げた。彼は工業的なノイズと古典的な楽器の音を融合させ、ジグソウの機械仕掛けの罠と彼の古風な正義感を音で表現することに成功している。

特に注目すべきは、拷問シーンでの音楽の使い方だ。クラウザーは、被害者の苦痛や恐怖を直接的に表現する代わりに、不協和音や低音を効果的に用いることで、観客の不安感を増幅させている。これにより、グロテスクな映像以上に心理的な恐怖を引き起こすことに成功しているのだ。

また、本作では効果音にも細心の注意が払われている。金属がこすれる音、機械が動く音、被害者の悲鳴など、あらゆる音が緻密に設計され、配置されている。これらの音響効果は、観客の想像力を刺激し、画面に映っていない恐怖まで感じさせる効果がある。

さらに、音楽と効果音の組み合わせ方にも工夫が見られる。例えば、拷問装置が作動する直前に音楽が完全に消え、その後に鋭い効果音が鳴り響くという演出は、観客の緊張感を最大限に高める効果がある。

このように、『ソウX』の音楽・音響効果は、単に雰囲気を盛り上げるだけでなく、物語の展開や登場人物の心理状態を効果的に表現する重要な要素となっている。視覚と聴覚の緻密な連携こそが、本作の没入感を高め、観客を恐怖の世界に引き込む大きな要因となっているのだ。

ホラージャンルにおける『ソウX』の位置づけ

『ソウX』の成功は、ホラージャンル全体にとっても重要な意味を持っている。近年、いわゆる「エレベーテッド・ホラー」と呼ばれる、社会問題や人間の心理を深く掘り下げた作品が注目を集めてきた。『ソウX』は、従来のスプラッター要素を保持しつつ、こうした「エレベーテッド・ホラー」の要素も取り入れることに成功しているのだ。
本作は、グロテスクな描写や緊迫感のあるサスペンスといった従来のホラー映画の魅力を保ちつつ、人間の道徳性や社会の歪みといったより深いテーマも扱っている。これは、ホラー映画が単なる娯楽を超え、社会的な意義を持つ芸術作品となり得ることを示している。

また、『ソウX』の成功は、長期にわたるフランチャイズの可能性も示唆している。多くのホラーシリーズが回を重ねるごとにマンネリ化し、評価を落としていく中で、「ソウ」シリーズは10作目にして最高評価を獲得した。これは、原点回帰と新規性のバランスを取ることで、長期シリーズでも質の高い作品を作り出せることを証明しているのだ。

さらに、本作の成功は、ホラー映画の製作手法にも影響を与えそうだ。緻密な視覚設計、効果的な音響効果、複雑なキャラクター描写など、『ソウX』で成功を収めた要素は、今後のホラー映画製作のモデルケースとなる可能性がある。

結論

『ソウX』は、シリーズの原点に立ち返りつつ、新しい要素を取り入れることで、ホラー映画としての質を高めることに成功した。視覚的な美しさと残虐性のコントラスト、主人公の複雑な描写、そして斬新な罠のデザインなど、様々な要素が高い次元で融合した作品と言えるだろう。

本作の成功は、単に一つの映画の成功を意味するだけでなく、ホラージャンル全体の可能性を広げるものだ。グロテスクな描写と深い人間ドラマの融合、長期シリーズの再生の可能性、そして社会的な意義を持つホラー映画の在り方など、『ソウX』は多くの点でホラー映画の新たな地平を切り開いたと言える。

『ソウ』シリーズの未来に、新たな期待が寄せられることは間違いない。しかし、それ以上に重要なのは、本作が示したホラー映画の新たな可能性だ。『ソウX』の成功を受け、今後のホラー映画がどのように進化していくのか、その動向に注目が集まっている。ホラー映画ファンにとって、これは非常にエキサイティングな時代の幕開けと言えるだろう。